第255話 はじまりの村のおつかいクエスト

そのボランティアは仲間のほうをちらりと見た。彼らは檻を荷車に縛りつけるのに忙しい。
彼はうなずき、モーフェイと一緒に荷車のそばを通り過ぎた。檻の中で黄色い犬がくうんくうんと鳴き、前足で何度も檻の戸をひっかいている。モーフェイは一瞥したが、足は止めなかった。
二人は街角まで来た。
「最近、ずいぶん捕まえてるのか?」モーフェイが尋ねた。
「ええ」その話になると、ボランティアの口調が少し軽くなった。「上から、もっと捕まえるよう奨励されてるんです。荷車も前より何往復も多く走ってて。街は病気の人が増える一方ですから、早く収容してしまえば、みんな安心でしょう」
「車はどこへ行くんだ?」
「まず郊外の収容所に運びます。収容しきれなければ別の場所に移されるんですが、最近は行き先が変わったそうで」ボランティアは頭をかいた。「具体的にどこかは、俺たちも聞かないようにしてます」
モーフェイは心の中でぼやいた。
(崩れたんだ、場所を変えるに決まってる)
ボランティアは網の柄を握りしめ、少しためらってから口を開いた。「あの……このあいだ探してた子猫、見つかりましたか?」
モーフェイはしばらく黙っていた。
「見つかった」
ボランティアの肩からようやく力が抜けかけたところで、モーフェイは続けた。「もう死んでた」
「し、死んで……?」ボランティアの声が一気に跳ね上がった。「どうして……病気ですか、それとも……」
「あいつらは、まともに扱われてなかった」
モーフェイが口にしたのは、それだけだった。
ボランティアは口を開けたまま、しばらく声が出なかった。荷車の上の檻に詰まった猫や犬へ目を向けると、網の柄を握る手にゆっくりと力がこもった。
「でも……リボンを着けてたら捕まえない、そういう決まりは本当なんです。連れて帰って、不妊手術をして、収容するだけで……」声がどんどん小さくなる。「収容しきれない分は別の場所に回すって、どこに回すのか……俺たちも聞いたことがなくて……」
言い終えないまま、彼はモーフェイに向き直った。
「どうして知ってるんですか? どこで見つけたんです?」
(俺が言っても、信じるとは限らない。自分の目で見てもらうしかない)
「それはいい」モーフェイは荷車に向かって顎をしゃくった。「頼みたいことがある。さっきの黄色い犬だ。収容所に戻ったら、先に不妊手術を受けるのか、それともそのまま送られるのか、見ておいてくれ」
ボランティアはすぐには答えず、モーフェイを見る目に探るような色が混じった。しばらくして、檻の中でまだ戸をひっかいている黄色い犬へ視線を戻した。
「お、俺は捕まえる係なだけで、収容所の中のことは……」
彼はうつむいて靴先を見つめ、しばらくしてようやく言葉を絞り出した。「……気をつけて見ておきます」
「おい! まだ戻らないのか? 出発するぞ!」
荷車のほうから、誰かが声を張り上げた。ボランティアははっとして、はい、はいと返事をしながら網を抱えて小走りで戻っていく。
呼んだ男は街角のほうをちらりと見て、首をかしげて彼に何か尋ねた。ボランティアは首を横に振り、後頭部をかいてから手を振った。男はしばらく彼を見つめ、それから荷車を引きに向かった。
荷車がごろごろと動き出し、黄色い犬の鳴き声が遠ざかっていく。モーフェイは荷車をじっと目で追い、それが前方の交差点で左に曲がり、通りの果てに消えるまで見送った。
彼はアーダイのそばに戻った。
「さっきのは……」アーダイは彼の顔色をうかがい、言いかけた言葉を引っ込めた。「……いや、なんでもない。行こう、報酬が待ってる」
モーフェイは答えず、黙ってステップに足をかけた。
「しっかりつかまれ。出すぞ」
---
ギルドに戻ると、アーダイはカウンターで報告を済ませ、引き返してくると金貨20枚を数えてモーフェイの前に差し出した。
「前は10金じゃなかったか?」
「今回は薬の量がだいぶ多かったからな。倍払うのは当然だ」
「じゃあ遠慮なく」モーフェイは20金をしまった。
アーダイが続けた。「それと、万能適応薬の錬成なんだが、本当に手が回らなくてな……時間があるとき、手伝ってもらえないか?」
モーフェイは熟練度10万のことを思い出し、頭をかいた。「実は、まだ一度も成功してないんだ。でも時間ができたら、続けてやってみるよ」
アーダイはうなずき、素材取引エリアで材料を補充してくると言って、ホールの反対側へ歩いていった。
モーフェイは依頼掲示板の前を通りかかり、足を緩めた。
(せっかく来たんだ、ついでに見ていくか)
掲示板の前には二人が立っていて、腕を組んだ中年の男がため息をついていた。
「うちのやつが何日も咳をしててな。薬屋に聞いたら、浄肺薬は品切れで待つしかないってよ。いつまで待てばいいのか」
隣の一人が首を振る。「あったところで、あの値段じゃ俺たちには買えねえよ」
モーフェイは掲示板の前で足を止めた。依頼書が何枚も重なり、薬草の買い取り、浄肺薬の買い取りが、掲示板の大半を占めている。
依頼書の間に、少し毛色の違う一枚が挟まっていた。動物用の鎮静剤を大量に買い取るという内容で、用途の欄には「収容」とある。納品先の住所には見覚えがあった。キミミの収容所だ。
要求量は恐ろしいほど多い。
(この量、不妊手術に使うとは思えない)
彼はしばらくその紙を見つめてから視線を外した。
次の一枚には黒い鋼印が押され、こう書かれていた。
『新鮮な浄肺草を買い取り。一株につき1金、数量無制限。至急』
(一株1金か、安くない値段だな。ジミーが最近は取り合いだって言ってたわけだ。そういえば……)
モーフェイは任務パネルを呼び出した。表示されたのは、『新メンバー』の次の任務だ。
【一般任務:採薬人】
【目標:新鮮な薬草を10個採集する。】
【報酬:5 EP。】
(RPGの王道、「はじまりの村」のおつかいクエストか。ついでにやれそうだ)
彼は手を伸ばして依頼書を取ろうとしたが、途中で止まった。
(でも、浄肺草ってどこに生えてるんだ?)
そこへ、アーダイが素材取引エリアから戻ってきた。腕には素材の包みをいくつも抱えている。
「アーダイ、浄肺草がどこで採れるか知ってるか?」
アーダイは少し考え込んだ。「その草は知ってるが、どこに生えてるかまではわからないな」
言い終わるや否や、腕の中の一番上の包みの結び目がふいにほどけ、小さな紙包みがいくつか滑り落ちた。アーダイは慌てて受け止め、ひとつは掴んだが、ふたつは落とした。
どうにか拾い集めたところで、今度は額を依頼掲示板の角にぶつけた。
額を押さえて立ち上がった彼の顔色が変わった。
「……効き目が切れた。何か起きる前に戻らないと」素材を抱え直す。「また、乗せてもらうことになると思う」
「ああ、必要なときは言ってくれ」
別れ際、アーダイがもうひとこと付け加えた。「万能適応薬の調合で困ったことがあったら、俺のところに来てくれ」
---
モーフェイが工房の入口に戻ると、隣の店先では職人たちが改装の仕上げをしていて、リリィがそばで眺めていた。
彼は歩み寄った。「リリィ、浄肺草って知ってるか?」
リリィが振り返る。「知ってる」
「どこで採れるか、わかるか? 採集したいんだ」
「野生では、もう見つけにくい。魔力の豊かな場所でしか、よく育たない。ここ何年かで、どんどん減った」
「やけに詳しいな」
「肺が悪いから」リリィは少し間を置いた。「自分で育ててる。ほんの少し、自分用だけ」
そう言うと彼女は黙り、視線を職人たちへ戻した。
(自分で使う分を、くれとは言えないな。でも……)
「その……もう少し多く育てるのは、無理か?」