第256話 燻製でも作ってるのか?

リリィがまたこちらに目を向けた。モーフェイは言葉を継いだ。「これだけ品薄なんだ、育てれば売れ残る心配はないし、助かる人もたくさんいる」

リリィは首を横に振った。

「場所が狭いから、あまり育てられない。収穫できる頃には、もう間に合わない」彼女は彼を見た。「たくさん育てたら、どこから来たのかって聞きに来る人が出る」

「聞かれたほうがいいじゃないか。商売ってそうやって広がっていくもんだろ?」

リリィは答えなかった。

その様子を見て、モーフェイははっとした。

(忘れてた。フローラは開発局やお偉方と因縁があるって言ってたな。目立ちすぎるのは、彼女の望むところじゃないかもしれない)

「わかった、今のは忘れてくれ」

彼の視線は彼女の肩越しに店の中へ向かった。瓶や壺、荷箱がところ狭しと並び、机の上には配合の途中らしい薬草の包みがいくつも広げたままになっている。

「まだ準備中か? 店はいつ開くんだ?」

「来週」

「やっと開くのか。そのときは顔を出すよ」

リリィはうなずき、きびすを返して店に入っていった。

モーフェイは工房へ歩き出したところで、ふと閃いた。

(そうだ。魔女会の報酬の薬草袋に浄肺草が入ってたじゃないか……あそこの拠点には、薬草の栽培区が丸ごとあるんじゃないか?)

だがすぐにまた首を振った。

(いや、あそこは部外者は入れない。コロネが布人形で連絡してくるのを待って、採りに行かせてもらえるか、そのとき聞いてみるしかないな)

工房の扉を押し開けると、トビーは廃材を整理していて、ミラは机の端で一心に何かを書いていた。

「トビー、明日もやっぱり教会に行くんだよな?」

トビーが顔を上げた。「は、はい、モーフェイさん」

「ミラは?」

「明日は来ます」ミラは一番上に重ねてあった紙を抜き出した。「あの、モーフェイさん、律令の第一版をひとまず作ってみました。見てください」

モーフェイは受け取った。紙にはぎっしり書き込みがあり、余白には小さな字の補足がいくつも添えてある。

「いいじゃないか。試してみたか?」

「は、はい、今の銘文板で先に試しました。でも、おっしゃっていたドラム状のほうは、まだ試していなくて」

モーフェイは額をぱしりと叩いた。「そうだった、忘れてた。悪い悪い。ドラムは今夜中に仕上げる」

ミラは目をぱちくりさせた。「は、はい!」

トビーとミラが仕事を終えて帰ったあと、モーフェイは残って作業を続けた。

奮闘の末、表面のなめらかなドラムがようやく形になり、紙送りと現像剤を噴霧する機構も完成した。

「ふう。これで、明日ミラが刻み終えたら試せるな」

彼はドラムをミラの席に置き、書き上げた仕様書をその下に押し込んだ。

伸びをしたところで、窓辺からこつりと小さな音がした。

黒猫が窓の隙間から滑り込み、くわえていた薬草の束を目の前の作業台に置くと、座って彼を見上げた。

「もしかして……解呪薬に足りなかったやつ、全部見つけてきたのか?」

黒猫はうなずき、薬草を彼のほうへ押しやった。

モーフェイはため息をついた。「姐さん……俺、今しがた残業を終えたところなんだが」

そう言いつつも、彼は調合に取りかかった。

ところが、鍋の中は数回かき混ぜただけで、またじわじわと黒ずみ始めた。

ドン!

黒煙が弾け、晴れたあとには焦げかすがべったり残るだけだった。

【錬成「解呪薬」失敗。熟練度+1。現在の熟練度:7/666。】

一人と一匹は焦げかすを見つめ、それから顔を見合わせた。

「……そんな目で見るな。レシピはあんたがくれたんだぞ」

フィービーの尻尾が垂れた。

モーフェイは残った薬草を眺めていて、ふと思いついた。「そういえば、これだけ見つけられるなら、浄肺草がどこにあるか知らないか?」

フィービーは顔を上げ、うなずいた。

「本当か? どこだ?」

「にゃあ、にゃにゃ、にゃにゃにゃ」

モーフェイは額を押さえた。「今は喋れないんだった……やれやれ、やっぱりまず呪いを解いてやらないとだめか」

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翌朝、ミラが工房にやってきた。

モーフェイはドラムの下に敷いてある紙を指さした。「銘文はドラムに刻んでくれ。ほかの仕様は全部その紙に書いてある」

ミラはドラムを手に取った。「わ、私、すぐに始めます!」

しばらくして、ペニーが商会の者たちを連れて、ネズミ駆除剤を工房に届けに来た。

「ネズミ駆除剤です、ご確認ください」彼女は伝票に印を書き足した。「お嬢様から言伝があります。『今後必要なら、商会で買ってちょうだい』と」

モーフェイはネズミ駆除剤を配達箱に詰め、ブラザーフッドの拠点へ向かった。

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拠点では、バーニーが仲間たちに仕事を割り振っていた。

モーフェイはネズミ駆除剤を運び入れ、彼の前に置いた。

「ネズミ駆除剤だ。今回の分もタダでいい。街の連中の目につくところで使ってくれ、商会の宣伝になる。次から使うなら、自分たちで商会に買いに行ってくれ」

バーニーはちらりと見た。「わかった」
そして手下を呼び、配らせた。

「あともうひとつ」モーフェイは声を落とした。「キミミの荷車を、仲間に見張らせてくれないか。どっちへ向かうか知りたい」

バーニーが目を上げて彼を見た。「何をする気だ?」

「あいつらの裏にいる組織を潰す。まずは、怪物を作ってる場所を見つけるところからだ」

モーフェイは言葉を切り、さらに声を低くした。「ああいう怪物を、もう作らせたくない」

それを聞いて、バーニーは拳を握りしめた。数秒の沈黙のあと、彼は答えた。「わかった。仲間に見張らせる」

モーフェイが立ち去ろうと背を向けたとき、そばから咳の音がした。

横を見ると、そこには藁のマットが一列に敷かれ、何人もの仲間が横になっていた。咳が止まらない者もいれば、顔が灰色になっている者もいる。

「こいつら、やられたのか? どうして治療所に連れていかない?」

「あっちは手が回らなくてな。とりあえずここに寝かせるしかない」

(収容しきれないほど忙しいのか? ガイじいさんのところは大丈夫だろうか……治療所はここから近い。帰りに寄って様子を見ていくか)

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ブラザーフッドの拠点を出て二本目の通りに差しかかったとき、前方で突然濃い煙が上がり、もくもくとまっすぐ立ちのぼった。

道ゆく人々が次々と足を止めた。すでにそちらへ向かう者も何人かいる。

(この煙……火事か?)

モーフェイは人の流れについていった。

「またかよ、正火教の連中だ。むせて仕方ない」誰かが鼻を押さえてぼやいた。
「最近、毎週末この騒ぎだよな」別の誰かが応じる。

煙は板塀で囲われた空き地から上がっていて、入口にはすでに大勢が詰めかけていた。板には、まっすぐ立つ一筋の炎が描かれ、その下に横線が一本引かれている。

(正火教? 中で何か燃やしてるのか? でも前はここまでひどくなかったはずだ)

正面は人だかりで入り込めなかったので、彼は脇の板塀に隙間を見つけて、中を覗いた。

空き地の真ん中には、くすぶる柴や草が山と積まれ、赤褐色の外衣をまとった数人が、ときどき湿った草をくべている。煙はもうもうと立ちのぼっていた。火の前には人の列ができていて、一人ずつ順番に濃い煙の中へ入って立っている。煙が全身を包み込んでも、彼らは目を閉じたまま、避けようとする様子はなかった。

火の傍らでは、ほかの者より外衣が長く、前身頃にもう一本まっすぐな線が入った者が、中にいる人々に向かって叫んだ。「火は身にまとわりつく穢れを焼き尽くす! 中に立て、火に不浄を払わせよ!」

(何やってんだ? 燻製でも作ってるのか? あんな濃い煙で、本当に大丈夫なのか?)

背後で誰かが小声で言った。「煙を浴びれば、疫病にかからないって聞いたぞ」

もう一人の男が、中をのぞこうとずっと背伸びをしていた。「うちのやつ、何日も咳が止まらなくてな……なあ、ここに連れてきて燻してもらったら、効くと思うか?」

「家で待ってるよりはましだ。今は治療所だってどこも受け入れてくれないんだから」

煙が少し薄れ、先頭の人が出てきて、次の人が煙の中へ入っていった。

その人は痩せた体つきで、少し背が曲がっていた。洗いざらして白っぽくなったぶかぶかの長衣をまとい、腕には赤褐色の腕章を巻いている。煙の中に立ち止まり、目を閉じた。

モーフェイは、その顔をはっきり見た。

(トビー!?)