第258話 指定の大口注文

「なんだと? 合成獣!?」

「診察の最中に噂を耳にした。今夜、売りに持ち込む奴がいるらしい」ヴィクトルは上着を引っ張って整えた。「キメラ結社をぶっ潰すって言ってただろう? 尻尾をつかめるかもしれんぞ」

モーフェイは机いっぱいに広げた紙に目をやった。

(明日にはお嬢様のところへ持っていくのに、今から闇市に行って、今夜中に片がつくのか?)

ヴィクトルはもう戸口まで歩いていて、振り返って彼を見ていた。

(だが、キメラ結社に直接接触できるチャンスだ……)

モーフェイはため息をついてペンを置き、立ち上がった。

「行くぞ」

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闇市の入口が近づくと、ヴィクトルは人気のない狭い路地で足を止め、上着の中から仮面を取り出してつけた。

「診察に行くだけで、そんなもんつけるのか? お前、いったい何の病気を診てるんだ」

仮面が彼のほうを向いて一瞥し、また前に向き直って歩き続けた。

石段を下りると、アーチ天井の下の闇市は相変わらず閑散としていて、空いたままの露店も多い。いくらも進まないうちに、露店の奥から男がひとり身を乗り出した。

「先生! 今夜も来たんですか?」男は自分の脚を叩いた。「前に縫ってもらったとこ、もう走れますよ!」

そばの露天商が何人か、仮面に会釈した。ヴィクトルは手を軽く上げただけで、足を止めなかった。

モーフェイは口を開けたままになった。「お前、ここじゃそんなに有名なのか?」

「最近よくここへ診察に来ている」

(「患者が少し多い」ってのは、ごまかしだと思ってたのに……)

歩いているうち、ヴィクトルが足を止めた。「まだ始まっていない。待て」

モーフェイは隣の露店にガラクタが山積みになっているのに気づき、足が勝手にそちらへ向かった。

(ここ最近は闇市に来ても、ジミーの露店に直行して薬草を置いたらすぐ帰ってたな。たまには試してみるか……)

彼がしゃがんで錆びた板を一枚どけた途端、露天商の目が丸くなった。

「ほ、掘り出し物師! 師匠が俺の商品を漁ってる!」

周りに客は数えるほどしかいなかったが、飛びかかる速さは少しも鈍っていなかった。
ガラクタの山はあっという間に奪い尽くされ、彼の手にあった錆びた板まで引ったくられた。

モーフェイはしゃがんだまま、物を持つ姿勢で手を止めていた。

(成分もまだ見てないのに)

周りの視線が、いくつも彼に突き刺さった。

ヴィクトルが背後にふらりと寄ってきて、仮面の中からぼそりと言った。「お前、ここじゃそんなに有名なのか?」

ジミーが、例の新しい上着を着て、人垣をかき分けて出てきた。

「皆さん、どうか品位をお保ちください」

視線はなおもモーフェイに釘付けで、ジミーには一瞥もくれない。

ジミーは咳払いをして、それから大声で怒鳴った。
「あっちいけ、あっちいけ! 目が腐ってるのか? 師匠は今夜、『指定の大口注文』のために来たんだ。ガラクタ漁りに来たんじゃない!」

「指定の大口注文? 今夜? それって奥のあの商談じゃ……」

ジミーはモーフェイの耳元に身を寄せた。「ボス、あの商談をボスに隠し通せるわけがないって、わかってましたよ」モーフェイの背後に目をやって、言葉が途切れた。「あの仮面の怪医まで動かせるとは……」

「あいつはついてきただけだ」

そばにいた投機家がひとり耳をそばだて、すぐに仲間のほうを向いた。
「聞いたか? あの名医が、師匠のお供にしかなれないってよ!」

背後の仮面の中から、くぐもった声がした。「……お供?」

モーフェイは聞こえないふりをした。

「師匠、こちらへどうぞ」ジミーが奥を手で示した。

モーフェイは慌ててついていった。

露店は闇市の奥で途切れ、アーチ天井の下、エーテル灯がいくつか空き地を丸く照らし出している。数人の買い手が輪の外に立っていた。

空き地の中央には仮面をつけた人物が立ち、傍らに途方もなく大きな犬がうずくまっている。

「売り手です」ジミーが声を落とした。

その人物がこちらを振り向いた。声は仮面にこもっていたが、その場の全員に届いた。「師匠、ちょうどよいところにお越しくださいました。皆様の前で、この品を見ていただけますか」

人々の視線に押されるように、モーフェイは数歩前へ出た。そこで初めて、それが犬ではないとわかった。

不自然に幅の広い胴体の脇に、別の犬の胸と腹が継ぎ足されている。縫い目に沿って、太く黒い糸がずらりと走っていた。四本の脚は太さがまちまちで、毛色もばらばらだ。胴体の前には、ブルドッグの頭がひとつだけ継がれている。

【縫合獣】
【成分:ブルドッグの頭、マスティフの胴体、猟犬の脚……】
【備考:食べず、眠らず、痛みも恐れず、生きているとも言えない。】

売り手が背中を叩くと、それはぴんと突っ張ったまま倒れ、腹に縫い付けられたファスナーが現れた。男が引き手をつまんで引くと、腹がぱっくりと開いた。中は空っぽにくり抜かれ、袋がひとつ縫い込まれているだけで、長く籠もった生臭い悪臭が漂い出した。

「密輸犬です。荷を袋に詰めれば、こいつが勝手に裏道を歩きます。人をつける必要はありません。途中で止められても、止められるのはただの犬一匹、誰にも累は及びません。荷がないときは、番犬にもなります」男はファスナーを元に戻した。「この見た目ですから、誰も余計には触りたがらないでしょう。師匠はどうお考えで?」

モーフェイは答えなかった。

視線が脚の一本で止まった。その脚は毛色が黄ばんでいて、糸で絞められた部分はぐるりと毛が抜けている。

檻の中で、ひたすら扉を引っかいていた黄色い犬を思い出した。

太く黒い糸が目と鼻の先にある。こういう糸が子猫の首を何重にも貫いていたのを、彼は見たことがある。糸の端からはまだ血がにじんでいた。
息を吸うと鼻いっぱいに悪臭が満ち、耳の奥でまた、あの細くかすれた鳴き声が響いた。

モーフェイは両手をポケットに突っ込んだ。

「袋越しでも、その臭いは防げない。運ぶのが何であれ、着いたころには臭くなってる」彼は腹の後ろのほうへ顎をしゃくった。「それに、さっき一回引いただけで針穴が裂けて広がったぞ。ファスナーを死んだ皮にじかに縫い付けてたら、何度か引けばもたない。荷が着く前に腹が開く。それじゃ道中で荷を落とすだけだろう」

輪の外側にいた買い手のひとりが一歩下がり、続いてもうひとりが下がった。

「師匠がダメだって言う品を、誰が買うんだ」
「道中で落としたら、誰の責任になる」
「やめだやめだ、もう少し様子を見よう……」

売り手の仮面が彼らのほうへ傾き、また戻った。声が少し低くなる。「では、師匠がお望みなのは?」

ジミーが勢いよく振り返り、周囲に怒鳴った。「師匠が商談をなさるんだぞ、お前らの出る幕か? 野次馬は下がれ! 師匠が不機嫌になって、この区域の運を丸ごと断ち切ったら、お前らの誰が責任を取れるんだ?」

彼はモーフェイに向き直り、ぱちりとウインクした。「全部わかってますよ」という顔だ。

見物人たちは不満げに散っていった。

ヴィクトルが背後から身を寄せてきて、仮面の中からくぐもった声で聞いた。「……運というのは、どうやって断つんだ?」

「慣れだ」

モーフェイは一歩進み出て、声を落とした。

「袋は臭いが漏れないようにしっかり封をしろ。ファスナーは皮にじかに縫うな。下に一枚敷け。脚は……脚は同じ長さのを選べ。そのほうが歩きが安定する。そっちはどれだけ出せる? 注文から納品までどのくらいかかる?」

ポケットの中の手を、痛むほど握りしめていた。

売り手はしばらく黙っていた。

「品はいくらでも用意できます」彼は手を差し出した。「師匠にその気がおありでしたら、まず手付けに100金。数が決まったら、改めて計算しましょう」

モーフェイの指がポケットの中で数枚の小銭に触れた。

ジミーはすでに財布を取り出し、100金を数えて差し出していた。
「この程度の端金で、師匠のお手を煩わせるわけにはいきません」

彼はまたモーフェイの耳元に寄った。「ボス、ポケットから手も出さなかったのは、俺に払わせて、ボスまで辿られないようにするためですよね? さすがです」

(違う。金を持ってきてないだけだ)

「明日返す」

売り手は手の中の金貨の重さを確かめ、懐にしまった。「仕様と数量は私の一存では決められません。持ち帰らせていただきます」仮面がジミーに向く。「納品の段取りは、後ほどこちらの方にお伝えします」

男は背を向けて暗がりへ歩いていき、縫合獣が立ち上がってそれに続いた。四本の脚は歩調が合わず、よたよたと歪んだ足取りで闇に消えていった。

「見たいものは見ただろう」背後でヴィクトルが口を開いた。「私には患者がいる」

そう言うと、振り返りもせず、闇市のさらに奥へ歩いていった。

モーフェイは、彼の行く先に目をやった。灯りがかろうじて、脇に分かれる狭い路地に届いている。路地の突き当たりの壁には、太い蔦がびっしり這っていた。

かつて重壌をひと壺もらうために、あそこの気難しい爺さんの代わりにマンドレイクの根を採りに行ったことを思い出した。

(まさか……お前の患者って、こぶ爺のところなのか?)